「受動的な人間」「主体性の無い人」って、とかく世の中から悪く言われがちである。

意識高い活動が礼賛される現代社会、僕も意識は最底辺に近いのだが、実は「環境先行型」であれば受動的であることはむしろプラスなんじゃないかなぁとすら思っている。

「環境先行型」で有名なのがプロサッカー選手の本田圭佑選手だ。

まぁ彼は類稀なる努力家でビッグマウスであり、それら全てが好転してACミランの10番を背負うまでに至った訳だが。

受動的な人間であることも、そんなに悪いことじゃ無いよというのをまとめてみる。

参考:新卒で大企業に入ったことが何よりも自分の成長に繋がった

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何か達成したい高い目標があった時、まずは厳しい環境を得るための努力をするのが一番の近道である

僕は中学受験で名の知れた中高一貫校への入学を何とか勝ち取った。

小学校4年から毎日深夜2時まで勉強するという生活を3年間繰り返した結果であり、周りの誰よりも努力したという自負もあったのだが、入学して驚いたのが他のどの学生もそれ以上に勉強していた

これには本当に驚いたが、逆に「天才なんていないんだなぁ。皆死に物狂いで努力した結果の合格なんだな。よかったよかった。」と安心した。

こういう環境を手に入れた6年後には大学受験が待っている訳だが、それに差し当ってある化学の教師の話をいつも思い出す。

人生は落下するボールに例えることが出来る。

ボールには反発係数があり、今の環境がボールを離す地点である。

反発係数は努力で変えられるが、環境を高いところに置く方が圧倒的に楽である。

だから、高い環境(良い大学)に行けばその後の選択肢が広がる

理系の僕は、妙に納得してしまった。

良い環境に行くことは、受動的なら尚更自分の人生に良い影響を周りからもらえる

中高一貫校は中だるみがあり、受験間際まで遊び呆けている人も多い。

だが、直前に集中力を発揮して何だかんだ良い大学に進学するし、就職しようが起業しようが上手く行っている。

周りの才能ある人が物凄い努力をして結果を出すから、主体性の無い自分も自然と力が出るのだ。

受動的ならば、良い環境に入るために努力しよう。気づけば能動的な大多数の人より実力が付いている

受動的で努力もしない人は、はっきり言って成功しないし何も成し遂げることは出来ない。(参考:捨てることは物事の本質を見極めるということ)

人は自分の能力以上のことを成し遂げるために、努力することが必須だからだ。

でも能動的な人は、その力を如何無く発揮できる環境も限られているケースが受動的な人に比べて多い。

受動的な人は、言われたことはどこでもしっかり出来る力があることが強みだし、ならば言われることのレベルの高い環境にさえ入ってしまえば、気づけば自分の成長に繋がるのだ。

今日は母校の運動会。

「今日は晴れてよかった!」という準備委員長の挨拶は健在なのだろうか。

そんなことを思いながら、高校の繋がりで頂いている仕事に向かう。

参考:新社会人になるあなたへ、知っておいて欲しい8つのこと

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